ROSEの読書感想文

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水上博物館アケローンの夜 嘆きの川の渡し守(幻冬舎文庫)

 悩みを抱えた大学生の主人公が閉館間近の博物館で過ごしていると、不思議なことが起こった。

 水が満ちて舟で移動するような博物館。想像するだけでロマンの塊ですね。もちろん、実際にそんなことが起きては展示物達にとんでもない損傷を与えそうですが。

 タイトルからギリシャ神話が想像出来てしまい、ギリシャ神話や天文学に詳しい人であれば容易に正体がわかってしまうためミステリと呼ぶには推理する楽しみがほぼないのでキャラ文芸というカテゴリに投入しましたが、その分人物の会話が魅力的な作品です。

 渡し守の朧が六文を要求するシーンは思わずくすりとしてしまいます。

 面白いなと思ったのは、きちんとローカライズして金銭を要求しようとしている部分です。時代や地域によって運賃が変わるというのは普通のことなのだろうけれど、彼のような存在が人間側に合わせようとするのが興味深いですね。

 展示物との会話というと映画「ナイトミュージアム」シリーズが浮かびますが、それに劣らない愉快な展示物達が生き生きと過ごしています。

 口が悪いのに妙に面倒見が良く感じられてしまう金魚たちもまた魅力的に感じます。

 こういったキャラ文芸を読む際に、主人公に好感が持てるかはまた重要なポイントになると思いますが、今作の主人公、出流は人畜無害な印象で悩みもよくある学生特有の物かなと思いきや、自分の才能を過小評価している信頼できない語り手のようです。

 ハイテンションで他人を巻き込み若干迷惑な印象のある博物館広報の二階堂は身近に居そうな空気で、熱血が空回りしてしまっていますがやはり憎めない空気を持っています。

 こうしたキャラクター達は非常に魅力的で、所々に優しいメッセージが込められている作品なのですが、これは版元への不満ですね。

 カバーの紹介文に「博物館ミステリ」と書いてしまうと作品の魅力が伝わらずに非常に勿体なく感じます。推すべきはミステリではなく「癒やし」であるべきだと思います。

 この作品に出てくる人達は皆悩みを抱えています。そして、その悩みを乗り越える物語です。

 私たちも皆日々様々な悩みを抱え、それを乗り越えながら生き続けます。

 そう言った人間の強さのようなもの、そして、時には立ち止まってもいいのだと、焦らず進んでいいのだと伝えてくれるような優しい物語なのではないでしょうか。

 会話のテンポ、また登場人物達の立ち位置(実際に立つ距離感)の変化のような物が好きな作品でした。

 

 

映画 ナイトミュージアムシリーズを観たことがない方はとても賑やかで温かい作品なのでそちらも是非楽しんで頂きたいです。