殊能将之 未発表短篇集 (講談社文庫)
ハサミ男で惚れ込んだ作者さんの未発表短編集ということで読んでしまうのが勿体ないような気がしながらもあっという間に読み終わってしまった一冊でした。
三つの短編と、ハサミ男受賞後の作者さんの日記で構成された作品ですが、やはり印象的なのは最初の「犬がこわい」でしょう。
これは犬嫌いの人の心境をとても的確に表しているような気がします。
犬が「嫌い」なことと「憎い」ことは別です。「嫌い」だからといって意図的に痛めつけようなどとは思わない。むしろ主人公は犬を怖がっています。幼少期のトラウマによって。
主人公はやや捻くれた人物ですが、家族への愛や「怖い」「嫌い」であるはずの犬に対する情のようなものまで感じさせるとても魅力的な人物に感じました。
子犬も怖いし猫も怖い主人公の少年時代、捨てられた猫を拾ってあげられないから傘を貸したというエピソードも彼の人柄を表していて素敵だなと感じさせられました。
犬嫌い(というか怖い)主人公が近所の放し飼いされている(?)犬と遭遇し、飼い主らしい男性と揉めるところからストーリー展開されていくのですが、オチまで含めて短い中で見事な作品だと思いました。
ただ、この短編集、ジャンルカテゴリ分けが非常に難しいのです。
三番目の「精霊もどし」はクトゥルー的な狂気さえ感じ、ホラーと言ってしまえばホラーなのですが、夫婦愛と切なさ、どこか温かさまで感じさせる作品です。
この短い三作だけでもこんな作品を書く作者さんを失ってしまったことが本当に惜しいと感じさせられましたが日記部分は作者さんの人柄を感じさせられ不思議な気分になります。
こんな人がこんな作品を書くのかと思い納得するべきなのか驚くべきなのかわかりませんが、やはり「ハサミ男」の中にも日記の人物らしさが出ていたのではないかと思うと本当に作者さんのユニークな部分を活かす素晴らしい作家さんだったのだなと感じさせられました。
本当に作者さんがご存命のうちに作品が読めなかったのが悔しいと感じて強いました。