ROSEの読書感想文

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白い衝動 (講談社文庫)

 倫理と道徳の話といった印象の作品です。
 
 なぜ人を殺してはいけないのか。
 なぜ命を奪ってはいけないのか。
 
 人権とはどのようなときに認められ、どのようなときに奪われるのか。
 
 そんな倫理について様々な視点で語られる今作の主人公はスクールカウンセラーという立場です。
 人を殺してみたいという生徒の相談を受け、過去の暴行犯について己の正義で語る夫と思想の不一致を抱えています。
 犯罪者の更生に対して周囲はどこまで許容できるのか、妥協すべきなのか。過去に罪を犯した相手にどこまで許されるのか。
 法律には記されない感情の暴走が丁寧に描かれた作品だと思います。
 
 主人公はどちらかというと犯罪者を更生させ受け入れる、理想主義のような部分があり、主人公の夫は犯罪者や予備軍は野放しにするべきではない。隔離するべきだという考え方の人物です。特に夫の方は自分の大切な人に危険が迫るのが耐えられない、犯罪被害者を身内と重ねてしまうようなやや繊細な人物です。
 主人公は恩師とも一度は喧嘩別れしたような形にはなっています。心理学、精神医学に関わる人間としての立ち位置や信念のようなものの不一致というところでしょうか。
 彼女は彼女の信念で動いてはいるものの、理想主義や甘えと捉えられてしまうことと、過去の問題が彼女に苦手意識を植え付けているようです。
 
 主人公の勤め先の学校で怪談のように語られる「シロアタマ」という不審者による動物虐待事件が発生し、学生が犯人は自分だと自供します。
 思春期特有の「特別になりたい」願望がさせる虚偽証言なのか、本物の精神異常なのか主人公は悩みますが、具体的な病名を付けることすらできません。
 
 タイトルの「白い衝動」は誰もが抱える潜在的な衝動、異常か正常の境界は瞬時に入れ替わることがあるとでもいうことを表現しているようです。
 他人というものは結局のところ理解出来るものではなく、我々は理解したつもりになって生きているのだと、なんだか哲学的な話まで出てきてしまいますが、異常か正常かというものはつまり多数決で決まるような話で、隣に居る「普通」の人でさえ何科の拍子で「異常」と見做されてしまうこともあるのではないでしょうか。
 また被害者家族、加害者家族の話も出てきます。
 加害者家族は加害者と血縁があるというだけで、彼らもまた一種の被害者になりそうな物ですが、世論感情とでもいうのでしょうか。そう言ったものは加害者家族も攻撃の標的にしてしまいます。
 自分ではどうしようもできないことで標的にされるような理不尽さは当然受け入れることが出来ないでしょうし、受け入れるべきでもないと思います。
 
 帯には「サイコサスペンス」と書かれていますが、倫理に訴えかけるヒューマンドラマ作品だと思います。
 
 法律と感情の難しさ、倫理について深く描かれた一冊だと感じました。